Conversation

Replying to
んで、その関連で40年近く前にシナリオ研究所で聞いた、テレビ用と映画用の脚本の違い。テレビは、視聴者が集中してみることを期待していない。視聴者は台所仕事をしながら、お喋りしながらテレビを点けている。なので、画面だけで表現してはいけない。ではどうすればいいか。
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主役が相手役を押し倒した。そんなショッキングなシーンがあったら、画面を見ていない人にもわかるように「主役は相手を押し倒した!」とナレーションを入れる。すると「なに!?」と画面を見てない人にも見て貰えるというのである。あるわよねー、そんなドラマ見た記憶。
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これが映画なら、客は暗闇の中で最初っから最後まで画面を見ている。なので、興味を引き続けなければならないテレビと違って、野心的、挑戦的な表現が出来る。客は必ず画面を見ているから、不要なナレーションで興味を引っ張る必要もない。その昔、テレビより映画が高尚だと思われてた頃の話。
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実はこれ、まんがでも小説でもテレビでも映画でも、作り手としてどれくらい客を信用できるか、って話でもある。自分が行う表現を、どこまで客が理解してくれると信じるか。客を信じて、どこまで表現できるか。クライマックスのためにどれだけ溜められるか。トンネルを長くできるか。
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それはちゃんと表現になっているか。作品として成立しているか。単なる自己満足になってないか。まあだいたい話の中にどっぷり浸かって深く沈んでる作家なんて正常な判断能力失ってますから、それでも自分を信じられるか。理解してくれる、と客を信じられるか。逃げずに書き続けられるか。
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そうやって覚悟決めて世に問うたはずの作品がろくに評価されずに流されてしまうなんてのもよくあるし、てきとーに書き飛ばしたはずの作品が受けてやりたくないのに続き書かされるなんてのもコナン・ドイルの例を引くわけもなくよくある話である。だからねー、できるだけ後悔しないようにしようねー。
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