こうした奈々の生き方についての評価は直接にはこの記事のどこにも書かれていないが、「貞操主義の打破」という記事タイトルやこの記述の直後に「その一方で」として同作への批判が書かれることなどからして、中川はこの「反貞操主義」を肯定的に評価していると考えられる。
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しかし、そもそも紹介しているコマが「空っぽのあたしは 性懲りもなく恋をする事でしか 自分を満たせずにいた」とあるように、奈々のそうした「移ろいやすさ」は信条としての反貞操主義ではなく単に「自分探し」というゼロ年代初頭の若者のテーマそのもので、いわば「混迷」でしかないと思うが。
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さらに、もう一人の主人公・ナナをはじめとする登場人物の多くが「親の愛を受けずに育っている」という共通項を持ち、対比的に奈々の家を「温かいご家庭の元で育ったんですね」とナナが評するのを取り上げて、中川は『NANA』を「『父母が揃った家族』を唯一無二の『理想的な家族像」として描き(続く)
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(続き)、そこに育たなかった者を『普通でない』とする『NANA』は、多様性のある家族像を根底から否定する前近代的な家族像で描かれているといえる」と断じる。母親に捨てられたトラウマに苦しむ、母性がないことに悩むシーンの繰り返しを、作者・矢沢あいの前近代的家族観の証左としてあげている。
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『NANA』では「父母が揃った家庭」を理想として描いているのではなく、父母がいたとしても「家庭という共同体が壊れている・不和・希薄」があればそれがその人の幸・不幸をもたらすという価値観を作品が持っていると思う。だからこそ、奈々・ナナたちは仲間による新しい「絆の共同体」を(続く)
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(続き)築こうとしており、むしろ「多様性のある家庭像」といえるのではないか。シェアハウスなどに見られる「血縁でないものの共同体」を描く嚆矢といってもいい。中川の評価の基軸がやや古く、機械的な印象を受けた。(そもそも『NANA』は完結していないので、どうオチがつくかで評価は一変する)
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