粒山 樹

@ishin_saigou

『維新を創った男 西郷隆盛の実像』(扶桑社刊)の著者で、西郷隆盛のホームページ「敬天愛人」の管理人(制作者)です。 ブログでは、大河ドラマ『西郷どん』の解説や幕末関係の史論を書いています。併せてよろしくお願いします。

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    26. srp 2018.

    拙著『維新を創った男 西郷隆盛の実像』(扶桑社、2017年)をどうぞよろしくお願いいたします!

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  2. prije 12 sati

    ただ、次々に子供を失っていた斉彬が疑心暗鬼に陥っていたであろうことは、十分に考えられますので、この辺りの判断は非常に難しいです。

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  3. prije 12 sati

    間違いなく、当時は大真面目に信じていたでしょうね。また、斉彬にも呪詛に言及する手紙の記述がありますが、あの科学的なモノの見方をする斉彬が果たして呪詛の効果を本当に信じていたか。私は少し疑問に思っています。あれは国許の斉彬派の結束を促すための一種の手段、方便に使ったのではないかと。

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  4. proslijedio/la je Tweet
    prije 21 sat

    このサイトを初めて見たのは10年以上前だと思うけど、このデザインといい、文体といい、定年退職した元高校教諭でもあろうかと勝手に想像していたのだが……

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  5. prije 21 sat

    島津重豪が建立した「聚珍寶庫(しゅうちんほうこ)」の石碑。今は鹿児島県歴史資料センター・黎明館の敷地内に移設されています。 聚珍寶庫については↓をご覧下さい。(私が昔に書いたものです)

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  6. prije 22 sata

    薩摩のことを呟いていたら、無性に鹿児島が懐かしくなったので、「かすたどん」を食べよう(笑)

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  7. proslijedio/la je Tweet

    確かに、そうですね!しかし、重豪と言うのは化け物のような大人物ですね。その存在なくして、100%、斉彬はなかったと考えます。

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  8. prije 22 sata

    皆さま、たくさんのリツイート、本当にありがとうございます!

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  9. prije 22 sata

    この時、斉彬は17歳、非常に多感な年頃です。シーボルトに会った衝撃というのは、斉彬のその後の運命を決定づけたような気がします。ちなみに、この時、蘭癖大名と言われている重豪の次男の奥平昌高も一緒でした。

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  10. prije 22 sata

    斉彬の西洋への目覚めという点で言えば、文政九年、曾祖父の重豪と一緒に江戸でシーボルトに会ったことが大きかったのではないかと感じます。

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  11. 4. velj

    【お知らせ】 私が管理している西郷隆盛のホームページ「敬天愛人」のアドレスが、下記に変更になりました。Googleで検索してもヒットしない状態のため、リツイートして頂けると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。 西郷隆盛のホームページ「敬天愛人」新アドレス

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  12. 3. velj

    マスクと言い、ほんとこういう人の足下を見て、火事場で儲けようとする人間は最低です。

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  13. 3. velj

    鹿児島で買って帰るのを忘れました(T_T)

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  14. 3. velj

    実証に頼るな! 研究者が言う言葉ですかね。恐ろしい……。

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  15. 3. velj

    間違えました!村田三介と経芳は別人です!思わず書いてしまいましたm(_ _)m

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  16. 3. velj

    大阪国際女子の松田さんの記録を破るとしたら、一山さん以外には居ないだろうなあ。

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  17. 3. velj

    そう言えば、桂久武関係の石碑って、市内では皆無じゃないですか? 桂は小松と共に薩摩藩を語る上でも重要人物ですから、何とか石碑を建てて欲しいな。小松の屋敷跡は石碑が建ちましたし、桂も是非!

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  18. 3. velj

    城下町絵図が小さ過ぎて読めないので確認出来ませんでしたが、近くに「桂小吉郎御借地」というのがあります。この場所は、西郷隆盛の誕生地、加治屋町の屋敷からもすごく近いので、両者が頻繁に往来していた様子が伺えますね。 鹿児島市さん、桂の屋敷跡に是非石碑を立てて下さい!!!

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  19. 3. velj

    西郷の親友・桂久武の屋敷が昔の鹿児島市立病院近くにあり、隣が村田三介(経芳)の屋敷だったと聞いて、『鹿児島城下絵図散歩(高城書房)』で調べてみたら、確かに村田三介の養父・平右衛門の屋敷は、昔の鹿児島市立病院三号館の位置にあったようです。

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  20. proslijedio/la je Tweet

    拙著『児玉源太郎』(作品社)、発売から約六か月経過しますが、ありがたい話です。お読みいただいたみなさまに心より御礼申し上げます。ありがとうございます。

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  21. proslijedio/la je Tweet
    2. velj

    本日の大河「麒麟」。早くも斎藤道三・義龍父子の軋轢が登場した。なお、この時期の名乗りだが、道三はまだ出家しておらず、斎藤左近大夫利政。義龍は新九郎利尚であり、タイトルロールにある高政名乗りはだいぶあとである。今回のメインである義龍の実母は果たして誰かという問題。 

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