作った最初のゲームは、PCエンジン版パワードリフト。 とにかく当時の家庭用ハードで出来るようなレベルではないゲーム。しかし、メインプログラマーがPCエンジンの仕様書を精査し、機能を絞り、似て非なる別ゲームになるが可能と結論。ついに製作を開始…。
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メインプログラマー曰く、PCエンジンは内部転送が早いので、画面表示のVブランク中にBGデータのバンク書き換えを行い背景のコースを表現する。そのためにはデータを極力少なく共通化し、書き換え終了させなければならない。プログラマーとグラフィッカーの間で、1バイトは血の一滴とデータ削減の努力。
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グラフィックデータはROM吸い上げ許可をもらっていたけど、吸い上げ経験無いため、なんとゲーセン筐体でプレイして画像を覚えて描き起こすという原始的手法。毎日朝6時から明け方4時まで業務。2時間机の下で仮眠。
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知られた大手がメガドライブ+メガCDで同じゲームを手がけるというプレッシャーが加わった。わたし達は辛うじて完成させたが、当時のゲーム雑誌では苦労も知らず酷評。しかし大手が転けてメガドライブ版は消えた。メインプログラマー曰く、メガドライブは転送速度が遅いため、ゲームにならないと。
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まあ、糞ゲーといえばそれまで。 本来ゲーセン筐体と家庭用ゲーム機の差が凄すぎて、開発に手を付けるべきではなかったが、社長が契約取って来ちゃったわけ。 中止やキャンセルは、多額の違約金が発生して会社が転けるため、仕方なくやるしかなかったというのがオチ。 とにかく無茶すぎた。
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ちなみに開発担当会社は、制御プログラム以外にはほとんどゲーム開発のノウハウのない会社。 そんな会社がゲーム開発に舵を切ったため、プログラマーが揃ってサジを投げた。 そんな時、見学に来たプログラマーが興味本位でメインプログラマーをやった。 無茶が重なって出来たものだった。
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