むかしもん文庫

@MukashimonBunko

幕末・明治期の古写真を蒐集。それらをもとにした複製絵葉書をヤフオクにて販売中。日本の初期写真史に関心あり。近頃は写真にまつわる明治時代の都々逸を翻刻ツイート中。

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  1. 1. velj

    写真師・上野英雄(香畝)の領収証(明治34年)  証 一金一円五拾銭也  但し 郵送   御写真中形一組代   御焼増✔︎形✔︎枚代 右之通正に受取候也(印) 明治丗四年十二月十四日 東京両国薬研堀町 写真師 玉水館(印) 電話浪花(二四一九番)

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  2. 31. sij
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  3. 31. sij
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  4. 31. sij

    今から130年前の明治23年(1890)2月、東京浅草公園六区四号地にあった富士山縦覧場が解体撤去されました。前年8月の暴風雨で大破。修復し営業を再開したもののその後は不入りで廃業となったようです。開業から僅か2年半あまりのことでした。

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  5. 29. sij

    『商家案内寿語録』(明治43年) 横浜市福富町二丁目 紀念電気館宮川橋通り 西村写真館

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  6. 27. sij

    同図のぽん太の古写真ですが、こちらは江木支店・成田常吉の台紙に貼付されている。なお撮影者を鹿嶋清兵衛とする本もある。

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  7. 26. sij

    新橋ぽん太(後の鹿嶋清兵衛夫人)

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  8. 26. sij

    『信濃国上田街諸名家一覧表』明治24年刊 写真  好子堂 松里金作  早取  冨士見 住所部分は不鮮明だが共にレンガ丁(連歌町)と読めそう

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  9. 24. sij

    この尖塔は新吉原遊廓の大阪楼。

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  10. 21. sij

    この青雲館市井という写真師は詳細不明だが、長崎大学附属図書館の古写真データベースには「大阪:市井星雲館」という名の撮影者が登録されている。同一人物だろうか。

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  11. 21. sij

    写真半価券 此券御持参の諸君へは何 時にても中等上等に限り 定価の半額を以て最美麗 に撮影仕候 大阪市本町橋東詰東入 写真技士 青雲館 市井 (明治後期か)

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  12. 20. sij

    新橋土橋側の江木写真店が改築したのは大正8年か同11年のことらしい。

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  13. 20. sij

    (承前) あれが即ち江木塔以来の古い歴史を持った江木写真店の新館で、清新な感じのするあの建物は、過去の苦心と経験から、凡そ写真館として新時代の皆様に御満足をお与えする丈の諸設備は何一つの手落もなく完備致して居る理想的写真館で御座います。

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  14. 20. sij

    「江木写真店広告」(大正期) 人目を牽く江木新写真館 皆様が若し電車なり汽車なりで有楽町から新橋駅へ御通行になる事が御座いましたなら、新橋駅の手前で銀座の方を御覧下さい。必ずや皆様はお堀の水に影を写して聳えている軽快な洋館をお認め下さるに相違御座いません。(続く)

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  15. 18. sij

    二代目・堀真澄の領収証。 二代目・堀真澄は堀与兵衛(初代真澄)の長男。 明治13年(1880)に父の写真館を継承したという。

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  16. 18. sij

    [領収]証 一 金七拾銭 紙写間板 但全身二人 画数三葉  外に二銭郵税 右金額正に受領致候也  但四月廿七日(雨天順延)御渡可申候尤  原板三ヶ年間貯蔵致置候間跡写御入  用之節は何時に不限調製可致候 明治廿七年三月二十五日       京都寺町高辻北      写真師 堀真澄(印)

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  17. 16. sij

    時計修理と写真の兼業。明治21年頃に何があったのか「時の風潮に誘われ」写真業を始めたらしい。しかし見込んでいたほど上手く行かないのか3年経って再び本業の時計修理業に力を入れて行くことにしたようだ。写真業も続けるとのこと。

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  18. 16. sij

    (承前) 付言賤職手入の時計は満一ヶ年の保存を証し候に付 期限中振り止り等有之節は別に価を要せつ補理仕候 明治廿四年七月  [新潟県]中蒲原郡五泉町      渡邉徳平 (印) 御愛顧諸君 再白写真も御望に従ひ何時にても 撮影仕候間是又併て御愛顧あらんことを

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  19. 16. sij

    時計直し広告 晨に時計職工を以て普く御愛顧蒙り し処時の風潮に誘れ薄か写真の業に目を 耗す事已に三年を閲し稍く其旨を得たるには あらざれ供今又更に本業に復し殊に心切丁 重に修理致し候間遠近の諸君倍旧の 御愛顧をなし給はんこと単に奉希候 謹白 (続く)

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  20. 16. sij

    背後の腰板の模様に見覚えがあると思って探したら「薩軍兵士・野村盛賢」のそれと同じだった。西南戦争関連の古写真としては有名なものかな。残念ながらこちらも撮影者、撮影場所は不明。

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