ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

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フランクフルト・アム・マイン
Vrijeme pridruživanja: svibanj 2013.

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  1. 私が究極的には根源現象に安んじていても、それはやはり諦念に過ぎない。しかし私が人間性の限界まで行って諦めているのか、それとも私の偏狭な個人的存在という仮定的な限定の内側で諦めているのか、その二つの間には大きな相違がある。-箴言と省察-

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  2. 私たちは、稲妻や雷や嵐の中に圧倒的な力の接近を、花の香りや和やかな風のそよぎの中に優しく近づいてくる存在を感じてはいけないだろうか。-箴言と省察-

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  3. 根源現象の直接の関知は私たちを一種の不安に陥れる。私たちは自己の不十分さを感ずるのだ。経験という永遠の戯れによって生気を与えられた場合にのみ、根源現象は私たちを喜ばせる。-箴言と省察-

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  4. 理念と呼ばれるもの、それは常に現象として現れ、それゆえに私たちにとって全ての現象の法則と感じられるものである。-箴言と省察-

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  5. ケプラーは言った。「私の最高の願いは、私が外界の到るところに見出す神を、内界にも、私の内部にも、同様に認めることである。」この高貴な人はまさしくその瞬間に、彼の内にある神的なものが宇宙の神的なものと極めて密接に結びついていることを、意識しないながらに感じていたのだ。-箴言と省察-

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  6. 我々の前になされた、そして我々自身または多くの人々が我々と同時になす諸経験を、我々が意図的に繰り返し、偶然的に生じたり人為的に生じた諸現象を再現させる場合、我々はそれを実験と呼ぶ。-客観と主観の仲介者としての実験-

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  7. 自然はその無際限の生産力をもって、ありとあらゆる空間を満たす。一つ、私たちのこの世界を観察してみようではないか。私たちが悪とか不幸とか呼ぶものは全て、自然が発生するものの全てに空間を与えることはできず、いわんや永続性を付与することなど尚更できない、ということに由来している。

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  8. シラー(F_V_Schiller_jp)の『群盗』は、力量はあるけれども未熟な才能が、私の脱却しようと努力してきた倫理的・演劇的逆説をまさに凄まじい激流として祖国に氾濫させていたがゆえに、私に反感を起こさせたのであった。-シラーとの出会い-

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  9. 人間は世界を知る限りにおいてのみ自己自身を知り、世界を自己の中でのみ、また自己を世界の中でのみ認識する。いかなる新しい対象も、深く観照されるならば、我々の内部に新しい器官を開示するのである。-適切な一語による著しい促進-

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  10. 主観を制限するように見えながら、そのくせ主観をすこぶる高く持ち上げているカント哲学を、シラー(F_V_Schiller_jp)は好んで取り入れていた。自然が彼の本性に授けた並外れた能力は、カント哲学によって発展させられているのであった。-シラーとの出会い-

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  11. 根源現象が私たちの感覚に対して裸のままで出現すると、私たちは一種の物怖じを感じ、不安にさえ襲われる。感覚的な人たちは驚嘆の中に逃げ込むが、活動的な媒介者である悟性が急ぎ登場して、悟性独特のやり方で、最も高貴なものと最も卑俗なものとを結びつけようとする。-箴言と省察-

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  12. 生命ある統一体の基本的性質とは、分離する、結合する、一般的なものへ移行する、特殊なものに留まる、変化する、特殊化する、そして、生命あるものが無数の条件下でそうなるように、現れ出ることと消え去ること、堅牢になることと溶けること、固まることと流れること、広がることと縮むことだ。

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  13. 経験が、人間が企てる全てのことにおけると同様、現在私が主として論じている自然科学においても、絶大な影響を有しかつまた有すべきだと言うことを否定する人はいないであろう。-客観と主観の仲介者としての実験-

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  14. 『形態学』誌の本文冊においても以前の分冊においても私の追求していた意図は、私が自然をいかに観ているかを言い表すと同時に、ある程度まで私自身を、私の内面、私の存在のあり方を可能な限り明らかにすることであった。このためには特に、『主観と客観の仲介者としての実験』が役立つと思われる。

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  15. 最高の次元と最低の次元とにおいてのみ理念と現象は合致する。観察にせよ、経験にせよ、その中間段階においては両者は分離する。最高の次元とは、異なるものを同一のものとして眺めることであり、最低の次元とは、離れたものを同一のものに積極的に結合すること、即ち行為である。-箴言と省察-

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  16. 物事の関係は全て真である。あやまちは人間にのみ存する。人間の真とは、彼があやまちを犯すこと、自分自身、他人、物事との彼の関係をつかめぬことにほかならない。-箴言と省察-

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  17. シラー(F_V_Schiller_jp)は、自然を独立したもの、生命あるもの、最低のものから最高のものにいたるまで法則に適った創造的なものとしては観察せずに、いくつかの経験的・人間的な自然性の面から解釈していた。

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  18. 芸術はまことの媒介者である。芸術について語ることは、媒介者を媒介しようとすることであり、しかもそこから私たちに多くの貴重なものが生じてきた。-箴言と省察-

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  19. 個々の存在は存在総体の類似態である。それ故に、私たちには生存が常に同時に分離され結合されつつあるものと思えてくる。-箴言と省察-

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  20. 人間は自分の周りの種々の対象を知覚するや否や、それらを自分自身との関係において考察するものであるが、それは当然なことだ。なぜなら、彼の全運命は、それらの対象が彼の気に入るか入らないか、それらが彼を引きつけるか反発させるか、彼にとって有益か有害であるかにかかっているからだ。

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